遷喬館(せんきょうかん)

2022-06-09

こんにちは!ブログをご覧いただきありがとうございます♪

ここ数日肌寒い日が続いていますが、みなさま体調は大丈夫でしょうか?

出かける際は、あたたかいかっこうで!!

さて、本日のブログは先日お散歩コース(岩槻駅周辺)をご紹介した際にまだ紹介できていなかったスポ

ットの紹介をして行きます(^^♪

遷喬館(せんきょうかん)


岩槻藩遷喬館」は、寛政11年(1799年)に、岩槻藩に仕えていた儒者・児玉南柯(こだま なんか)が


開いた私塾です。後に藩校となり、岩槻藩の武士の子弟が勉学や武芸の稽古に励みました。

明治4年(1871年)に藩校が廃止になった後は、おおむね民家として使用されていましたが、昭和14


1939年)に埼玉県の史跡に指定されました。


平成15年(2003年)から同18年(2006年)にかけて解体修理・復原工事を行い、公開しています。


埼玉県内では唯一現存する藩校の建物です。


遷喬館の名前の由来


詩経(中国最古の詩集)の「伐木」の一節、「出自幽谷 遷于喬木(幽谷より出でて 喬木に遷る)」に由


来しています。

学問を欲し友を求めることを「鳥が友を求めて深い谷から高い木に飛び移ること」にたとえた内容で、学


ぶ者に高い志を持つことを促す意味が込められています。


児玉南柯(こだま なんか)とは


江戸時代の後半、延享3年(1746年)に甲州の豊島家で生まれ、11歳で岩槻藩士の児玉親繁(ちかしげ)


の養子になりました。

16歳のとき藩主大岡忠喜(ただよし)に仕えました。


18歳で江戸の藩邸に勤務し、以後様々な要職を歴任し、35歳の安永9年(1780年)南京船漂着事件の処


理で名声を上げました。

43歳のときに職を辞し、54歳の寛政11年(1799年)に私塾・遷喬館を開設し、岩槻藩の子弟教育に情熱


を注ぎました。



営業時間


9:00~16:30


休館日


月曜日(休日を除く)

休日の翌日

年末年始(1228日から14日)

その他特別整理期間・臨時休館日


入場料は無料になります!!


岩槻駅周辺をお散歩した際に是非立ち寄ってみてください!!


最後までご覧いただきありがとうございました♪



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